WHY I STARTED haraya store

なぜ、haraya storeを始めたのか。

haraya storeは、

服を作りたくて始めたブランドではありません。

始まりは、もっと個人的なところにあります。

私は長いあいだ、

人生はある程度、自分で動かせるものだと思っていました。

働く。

頑張る。

役割を果たす。

必要とされる。

そうやって生きていれば、

人生は続いていくものだと思っていました。

けれど、あるとき、

それまでのようには生きられなくなりました。

身体が思うようについてこない。

気力も戻らない。

昨日できたことが、今日はできない。

先の予定を立てても、

その日に動けるかどうかさえ分からない。

人生というものは、

自分が考えていたほど、

自分の思い通りになるものではありませんでした。

そんな時間の中で、

昔から知っていた一つの言葉を、

もう一度考えるようになりました。

かしもの・かりもの。

身体は、自分の所有物ではない。

預かっているものなのだ。

以前から知っていた言葉でした。

けれど、

知っていることと、

自分の人生を通して受け取ることは、

どうやら違うようです。

身体が思い通りにならなくなって、

初めて考えました。

この身体は、

本当に「私のもの」なのだろうか。

時間は、

私のものなのだろうか。

才能は。

自然は。

人生そのものは。

私たちは、

たくさんのものを、

「自分のもの」と呼びながら生きています。

けれど、

本当はほんのしばらく、

預かっているだけなのかもしれない。

そう考えるようになりました。

そこから生まれたのが、

KASHIMONO / KARIMONO

という言葉です。

そして私は、

この考え方を宗教の中だけに置いておくのではなく、

今を生きる人の暮らしの言葉として、

もう一度考えてみたいと思いました。

宗教を知らなくてもいい。

同じ信仰を持っていなくてもいい。

この考え方に同意しなくてもいい。

ただ、

一枚の服をきっかけに、

「所有するって、なんだろう」

と少しだけ考えてもらえたら。

それでいい。

だから、

haraya storeは答えを売るブランドではありません。

「こう生きなさい」と言うブランドでもありません。

問いを、

そっと渡すブランドでありたいと思っています。

身体を預かっているのなら、

少し大切にしてみる。

時間を預かっているのなら、

全部を効率で埋めなくてもいい。

才能を預かっているのなら、

誰かと比べるためだけに使わなくてもいい。

自然を預かっているのなら、

使い尽くさなくてもいい。

人生を預かっているのなら、

思い通りにならない日があってもいい。

私は、

人生が思い通りにならなくなったことで、

この思想に出会い直しました。

だから、

haraya storeの商品は、

まず思想から始まります。

思想から言葉が生まれ、

言葉からデザインが生まれ、

最後に商品になります。

服は、

その思想を持ち歩くための、

ひとつの方法です。

Nothing is owned.

Everything is entrusted.

所有しているのではなく、

預かっている。

そう考えてみると、

世界との付き合い方は、

ほんの少し変わるかもしれません。

haraya store

Wear Ideas.

KASHIMONO / KARIMONO